2015年11月27日金曜日

昭和のおとな

16:15


記:wakame wakame


私が大人になる前にご縁あって
お逢いした「おとなの方々」

近所のおじちゃんとおばちゃん・学校の先生・耳鼻科の先生・友達のおかあさん
学校の用務員のおじちゃん・給食のおばちゃん・突然家に来る父の同僚たち

たくさんの「おとな達」に囲まれて育っていた
その頃は、いわゆる普通に素直な子供だったので

「おとな達」の行動・言動なども素直にスポンジのように吸収していた
それとなく 「おとな」同志の暗黙のルールがあるように

こども達に善悪を教えてくれたり(皆々申し合わせたかのように言うことは同じ=いわゆる常識)
一歩社会に出たらの立ち振る舞いなど、家でステテコの父も、一歩外に出るときは
スーツ姿に身を包んで颯爽としていたり。内と外のメリハリを自然なそぶりで教えてくれた

そういう彼らを見て育ったワタシは、そんなに道を踏みはずしていない
普通の常識ある「おとなに」育った・・・・と思う  tabun



ところが、今の「大人達」はどうだろうか

ニュースを見れば、自分の欲だけで様々な事件を起こし、問題を起こしている
閉まりかけた電車に飛び乗ったり、並んでいる列に平気で割り込んだり
信号は無視するし、電車で足を広げて新聞を読んだり、空いてる席に荷物を置いたり

全くもって、人の迷惑に成ることを省みず堂々としている
そして、若者の行動には 大人らしい意見をタラタラ述べる


いいのかなぁ


私が子供の頃に出逢った「おとな達」は もっと、おとならしかったし
どこか尊敬できた

そんな彼らをお手本に、大人になった私が今度は、子供達のお手本になれればいいなぁと
日々の行動・言動を 気を付けている


おとなは大人らしく
こどもは子供らしく


かな?




懐かしのポスター発見!!
                


wakame


2015年11月24日火曜日

昭和の懐かしい鉛筆削り

12:12
ロンパージュームさんの「ブラックリール」
昭和の釣りの思い出かと思い、読み進めると
まさかのオチが待っていて
爆笑してしまいました。

ぼくは学生時代に、主に「ナウイ」を連発していた恥ずかしい記憶があります。

ロンパージュームさんの楽しい学生時代の話から繋げて
学生のときに使っていた懐かしい物に
スポットライトを当ててみます。

「昭和の鉛筆削り」


!? 調べてみたら、今でも売っていました。
今使っている方、売っている方、申し訳ございませんでした。

昭和生まれ昭和育ちの方々には
学生時代の思い出になっているかと思われます。

物は軽くてコンパクトがいいと言われることが多くなっていると思いますが
昭和当時、大きくてカッコいい鉛筆削りを持っている男子は
注目されていました。

今の小学生は鉛筆を使っているのでしょうか?
シャープペンシルの方がエコに感じますが。

つくづく昭和の時代と物とは
切っても切れない関係だなーと感じます。

物を見ただけで、その頃の思い出が
懐かしく蘇ったりします。

物も思い出も大切にしたいですね。


bukidai



 
 
 
 
 

2015年11月20日金曜日

BLACK REEL (ブラック リール) 昭和の死語

9:47


毎年 この頃になるとその頃の流行語大賞など・・ その時代に即した言葉が発表されますね。 
そして そう言った言葉はいつの間にか 死語として扱われるようになります。


”アベック” なんかが そう言った部類の言葉だそうです。 まあ私なんか 通常へっちゃらで使ってますけど・・・(もしかしてヘッチャラも死語??)  あと ”ナウイ” 凄い言葉ですよね! 新しいのにもう古い 全然”ナウくない”と 言った具合ですか?

”チョットタンマ” も死語らしいです。何もも話す言葉がなくなってきた・・・ 普通につかってる


チョット俗が掛かった言葉で ”マブイ” とか ”ツッパリ” 

欽ドコ

〇 オイ お前 随分ツッパッテルじゃね~か 【そう さっき 棒のんだんだヨ】   ヤヤウケ!

   見たいな時代もありました。


でも 私の中での死語は 何と言っても 【ブラックリール】
 
私の通っていた中学校は 本当に田舎にある 平和な学校で 朝から確りとクラブ活動の掛け声が爽やかな学校でした。私 高校進学は実はなんと 4校も受験し 嬉しくも寂しくも最後の滑り止めの 公立学校に入学しました。 まあそれが今考えると 大正解みたいな楽しい場所でしたが。

一様クラブ活動もそこそこ盛んで・・・ 

同じ田舎の中学から 行っていた友達が 帰りがけ一緒になり「おっ 今日は早いねクラブないの」と聞いたら タカ(ニックネーム)が 今日は ”ブラックリール” なんだ って 言うんです。

そのころマブイとか ハクイとか なんかそんな 俗語を聞いて 新しい世界を満喫していた時期でして・・・  おっ ”ブラックリール” なんだ なんて 返答してニコニコして帰った記憶があります。

数日 ブラックリールでした・・・ ブラックリールななんか 楽しい・・・
でも 現実に目覚めるとそれは なんと 「ばっくれる」だったんです。 つまり サボって帰るの意味だったのです。

私達の 中で 数日間で死語になった ブラックリール どこかで使えるかな~


ロンパージューム


2015年11月17日火曜日

昭和の心・子供の持ち物

19:46
最近のニュースで マッチを扱う事の出来ない子供が多いと取り上げられていましたので、今回はマッチの話で昔を思い出してみました。

私にとってマッチは頃憧れの一品でした。
毎回ではありませんが、マッチを持って出かける時は銀玉鉄砲とボンナイフを一緒に持ち歩いていた事が多いような気がします。(ボンナイフという名称で良かったのかな?)

小学生の頃 親の目を盗んで持ち出し、ただ火をつけるだけで楽しかったマッチ。
家の中でもマッチ棒を1本2本と動かして形を変えるようなゲームをやったり、マッチ棒を重ねて塔を作ったりと昔はマッチが身近だったけれど 最近はマッチを手にする事が本当に無くなってしまってちょっと寂しいです。

そんなマッチの中でもどうしても欲しくてやっと手に入れたのが、硬くてザラザラしたところで擦ると火がつくタイプと先端にロウが塗ってある防水マッチ。どこでも擦ると着火するマッチはお気に入りで、遊びに出かける時には必ずポケットに忍ばせていたような気がします。
防水マッチは大人になってもキャンプに出かける時などは必需品として必ず持って行っていましたが、大切にしすぎて使う事が出来ず、いつもバッグの中にしまい込んで 最後には劣化して終了という事が多かった・・・。

たかがマッチ、されどマッチ いまでもマッチ専門店などはあるようですが、残念ながら衰退しているのが現状のようですね~ あの頃は子供でも結構危ない物を持ち歩いていたけれど、今の時代は危ないと言われて子供達が経験する場所と機会が少なくなってしまっている事が可愛そうに感じてしまいます。

これから出会う子供達には少々危ない事でも昭和スタイルを継承しなくては!とあらためて自分に誓ったオジサンでした。 

「マッチ一本火事の元」

Hot Shell Leather Hat Cap | 防寒帽子の大様 ホットシェル ハット

10:46
日ごとに冷え込んできましたね~ 

ストーブが活躍する季節 勿論 コタツもいいですね~ 冬は寒いから部屋の中で静かに家族団らんもしくは DVDで映画鑑賞もいいでしょうね・・・

しかし 生活と言うのは 部屋の中だけで暖まっていればと言う訳には行きませんよネ・・・ 寒い野外にもしかた無しに出なくてはならない・・  犬の散歩、買い物 はたまた 寒い地方では雪かき・・
誘われた スキー スノーボート 釣り 外で作業しなくてはいけない事は必ず出てきます。

そこで活躍するのがこのホットシェル防寒帽子なのです・・・ 実際の所 チョットだけ寒いから被ると言う帽子では無いのは最初にご説明しおきます。はっきり行って おもっきり汗かいちゃいます 人によっては重ね着3枚分とも言われるくらいの 防寒性です。頭部や首周りを包むことはこれほど体からの熱を防ぐのかと 実感してしまいます。 大様と言われるくらいですから まあ当たり前でしょうけど・・・

でも チョット熱くなったら 耳あてを 上に持ち上げれば 涼しくなります。 横の耳の部分の蓋を
持ち上げておけば 外からの音も 聞こえて安全です。 

シベリアハットとも呼ばれたりしていますね・・・ 防寒を 意識したら このホットシェルをお試しください。絶対に 期待を裏切らない 防寒性を約束いたします。

詳しくは 防寒帽ドットコム で案内中です。







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10:46
日ごとに冷え込んできましたね~ 

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しかし 生活と言うのは 部屋の中だけで暖まっていればと言う訳には行きませんよネ・・・ 寒い野外にもしかた無しに出なくてはならない・・  犬の散歩、買い物 はたまた 寒い地方では雪かき・・
誘われた スキー スノーボート 釣り 外で作業しなくてはいけない事は必ず出てきます。

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でも チョット熱くなったら 耳あてを 上に持ち上げれば 涼しくなります。 横の耳の部分の蓋を
持ち上げておけば 外からの音も 聞こえて安全です。 

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2015年11月13日金曜日

23:33
こんばんは  あさなぎです。

子供の頃、郊外型の大きなファミリーレストランはまだありませんでした。
その代わりに、ハレの日に行ったのがデパートのお好み食堂です。
当時住んでいた北浦和にはデパートはなく、二駅先の大宮の高島屋が
唯一のデパートでした。
デパートの地下に下りると、お寿司、ラーメンなどの中華、ハンバーグなどあらゆる
メニューが並んでいました。私のお気に入りはモチロンお子様ランチ。
そう、ケチャップライスに旗が乗っている、ニクいヤツです。
それともうひとつのお気に入りが、ホットケーキです。
当時のお好み食堂は、カジュアルになったファミレスとは少し違っていて、
子供でも、背筋をちょっと伸ばして行く、ワクワクする特別な場所でした。

近年、デパートのお好み食堂はどんどんお洒落になって、有名店がひしめく
レストランとなっています。これもまた、ある意味敷居が高いです・・・・。

北浦和にあった、元祖ファミレスは恐らく、『正直屋』。
化粧品に手芸、書籍などの物販からレストランという、多角経営です。
書店の2階は、鉄板焼き、お寿司、中華とコーナーごとに別れており、
お好み食堂とはまた少し違った味わいの、ステキなレストランでした。
まだ、北浦和に『正直屋』はあるのかなぁ。
どなたか、ご存知ありませんか?


2015年11月10日火曜日

昭和のテレビ番組 禁断の大冒険?

2:48
昭和のテレビといえばアニメも今とは違って内容はシンプルでした。
今のアニメは内容が巧妙で子供向けのアニメは少ない気がします。
当時は、アニメとは言わず、マンガと言っていたような・・・・
6時頃各局ニュースの時間に何故か東京12チャンネル(現在のテレビ東京)は、マンガの国(どっちが先か『キットボックス?』)という海外で放送されているアニメを放送していた。
チキチキマシーン猛レース・冒険少年シンドバット・スーパースリー・大魔王シャザーン・ポパイなど。
今でも挿入歌を歌えたりします。
する事が無かったと言えばそれまでですが、何故か毎日観てました。
アニメ以外には、『8時だよ!全員集合!』・『コント55号』などなど・・公開生中継をお茶の間で家族揃って観ていたもんです。
今は、家族揃ってインターネットを閲覧する!    なんてこと無いですよね。
そんな幼少時代を経て小学生高学年か中学生に成るかならないかの頃。
深夜にHな番組をやっている事に気づいたのか、友達に聞いたのかは定かではないが、こっそりテレビを観た。11PMだ。
「イレブンpm」の画像検索結果

おおお~ 凄すぎる(・・;) 良いのかな~  とにかくびっくりした。

それと同時に罪悪感も覚えた。 これは観てはいけないものだと・・・・

そして更に『独占おとなの時間』他の番組とは比べものにならない位H。 いや『エロ』かった。

これは、罪悪感よりも欲望が勝り、なんとしても観たくなってしまった(投稿していて恥ずかしい)。

確か、土曜日の深夜0時位の放送時間だったような・・・

この頃家族も寝ている時間帯だ誰もいない居間に忍び寄り、明かりも付けず、うす青く光るブラウン管の前でボリュームを絞った状態で視聴していたのだ。

ただ怖いのは、最初にテレビの電源を入れる時だ。
ボリュームを絞った状態でスイッチを入れてしまうと深夜の静寂を打ち破るかのような大音量で始まるのだ。ただでさえ心臓バクバク状態のところである。心臓発作になりそうなのだ。
次なる試練はまだある。
丁度、目的のチャンネルになっていれば良いが6チャンネルとか中途半端な場所になっている事が多いのだ。
今のようにリモコンで番号を押すだけではなく、ガチャガヤチャンネルというダイヤルを回さなければならないのだ。
今の若い方には分からないと思いますが、静かな部屋でチャンネルを回そうものなら結構な音が響くのです。

それで手に力を入れ音が出ないように慎重にチャンネルを回すのです。

ようやく目的のチャンネルに到達し、ワクワクしながら番組が始まるのを待つのです。

時には、既に始まっている場合も有りますが・・・

しかし、まだ恐怖の試練は待っているのです。

物音にも気を配らなければならないのです。

そうです。家族の誰かがトイレに起きてくる時があるのです。

そんな時もテレビのスイッチを音が出ないように切るのです。

トイレから出た後、物音がしなくなってもしばらくは暗い居間でじっと待っています。
直ぐにはスイッチを入れません。

頃合いを見てスイッチオンです・・・・

番組終了してしまっている時もあるのです。

まるで、泥棒か、007か。
こんなことしてまでやるかよって感じでした。

昭和を振り返っていたらこんな事を思い出してしまいました。

こんなことしてたの  私だけ??



2015年11月3日火曜日

「昭和の食堂」 と ホットな想い出 ♪

18:42


記:wakame wakame


童謡歌いましたね・・懐かしい♪

小さい頃には、幼稚園の先生と一緒に
手遊びつきで覚えたり

大人になった今、知り合った子供たちとの距離を縮めるのに
効果大の童謡・・♪♪  たちまち仲良くなれるし・・(^-^)

まぁ、でも今の子供たちは童謡と言うより 
TV主題歌などの方が詳しいのかもしれないけど・・。
そっちは、全然解らないから困りもの  

アンパンマンでいいかな?


***********************************






「昭和の食堂」と・・・

あまり外食をしなかった家族だったので、そんなに小さいときからの記憶
というのは、無いのだけれど 「昭和の食堂」というとこんなイメージ

食堂というより、どちらかというと鮮明に覚えてるのは「働くおじちゃん」との出逢い

たま~に、父に連れられて食堂に行くと、
必ずといってよいほど工事現場のおじちゃんたちがいて
お昼ごはんを食べてた


皆、自分の家のようにリラックスしてて
水をセルフで入れたり、手を洗って、
タバコすって、仕事の会話して
ワイワイガヤガヤ愉しそうにお話しながら、

美味しそうに「アジフライ定食」や「ラーメン」や「カレー」 などを食べて^^
食べ終わると、大きな声で「ごちそうさま~~」って言いながら、

楊枝くわえて のれんをくぐって帰っていってた


なんか、それ見てて嬉しくなったのを覚えてる
「働くおじちゃん」がまぶしく見えたんだな きっと・・

なんでだろう。。。
しかも、今でも時々その時の自分の気持ちが鮮明に蘇る

汗水たらして、炎天下のしたで真っ黒に日焼けして働いている
「貪欲」で「まっすぐで」 「生きる強さみたいな」もの?を感じたのかな



今という時代が、あまりにもクリーンで合理的で冷たさを感じてしまうから
余計に、あの時の「働くおじちゃん」とのホットな出逢いが
まだ思い出されるのかもしれない

虚無感・空虚感を感じる現代で、時々想い出される昔のホットな記憶を
持ってて良かった。。。 ちょっと強く前を向いて頑張れそうな気がするから



食券はやっぱりこれでしょ






wakame



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