2015年2月13日金曜日

昭和の心・人

前々回のお話しでしたが、私も大好きな寅さんの「それをいっちゃ~おしめ~ヨ~」いい響きですね~。
これぞ 昭和の心!

ゴロンパさんのお話し、私も良く考えます。
釣りだけを取ってみても釣り上げた魚を食べる人、食べずにキャッチアンドリリースする人、魚種によっても出てくる様々な問題などなど・・・。
人によって目線が違う、経験が違う、捉え方が違うので避け様が無いのでしょうけれど・・・。(それをいっちゃ~おしめ~よ~ですね。)
ある時期からずっと思っている事、それは「地球上の生物で一番厄介な存在が人間」だと言う事。この思いはこの先もずっと変わらないかもしれません。
人間は生まれた時は動物そのままなのに、ある程度の年齢から死ぬまで矛盾を抱えて生きていかなければならない生き物なのですね。
だから楽しく日々を過したいと常々思っているのですが。


話しはかわりますが、以前も映画の話題が取り上げられていましたね。

私も好きな映画は色々ありますが、今回は映画「世界最速のインデアン」から
主演のアンソニー・ホプキンスは好きな役者さんの1人ですが、今回はモデルになったニュージランド人の「バート・マンロー」(1899-1979)という人にスポットを当ててみたいと思います。
なぜこの人か、私の生まれた 1967年 と言う事で選んでみました。



1920製のインデアン・スカウトというオートバイを自分自身で改良に改良を重ね、63歳から世界最速記録に挑戦しました。

1962年アメリカのユタ州にあるボンヌヴィルで世界新記録達成。
その後死ぬまで9回記録に挑戦し続け、前立腺肥大や狭心症でドクターストップをかけられながらも毎年のように出走しました。

40年以上もかけてスピードを追求したインデアン・スカウトで次々と記録を塗りかえ、1967年、1000cc以下のクラスで世界最速記録(331km/h)を樹立し
その記録は驚くべきことに現在に至るも記録は未だに破られていないようです。
(当時の記録ミスが発見され本人没後36年たって記録が再度更新されたようです。)

63歳から金もなく、病魔に冒されながら、奇跡のような大記録に挑戦し続けました。バートは、不足を嘆くより、身近にあるものを最大限利用しました。

「とにかくやる」という精神で死ぬまで現役でいることを望んだ人でした。
「リスクが人生に味をつける、リスクを恐れてはいかん、それが生きるってことだ。
夢を追わない人間は、野菜と同じだ。」という言葉を残し、オープンマインドのマンローは、ニュージランド最大のヒーローになりました。

年齢に関係なく自分がやりたいと言うことは、何でもできるのだとあらためて感じました。

Waka
国境をすべて無くしてしまえば良いと思う今日この頃です。

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