ソースセンベイですか・・ 知らなかったですね 余り時代は変わらない?のに全く名前を聞いたこともありませんでした。 駄菓子屋には良く行ったんですけど おそらく口に入るものは その辺に落ちてるものでも口に放り込んでいたので そちらに忙しかったのかも知れません。残りものだろうが汚かろうが 恐らく猿と全く同じ状態でしたから・・・(猿さんゴメンなさい貴方のが上です 有る意味で)
昭和は戦争の時代でしたね・・・ 確かに duki dai さんが言うように確り相手の話を良く聞き理解すれば問題は無いのかもしれませんが 問題は全く人の話を聞く耳を持っていないことでしょう。
最近養老孟翼の「馬鹿の壁」と言う本のなかに 私達は無意識を意識していないという内容がありました。現代人は 寝てるときとか 無意識なときの状態のあることに目を向けようとしないと言うないようでした。おそらく 今の若い子が LINE 依存症になっているのも 目の前に無い今の友人などに有るを求めて有るから抜けられないんだと思ったりしました。 有る以外は彼らには無いんです。
何でそんな事が今の戦争と関係があるのかと言うと やはり神の存在だと思うんです。人類のおおよそ70%近くが神を絶対的存在だとしています。70%のうちには キリスト教 であったり イスラム教であったりユダヤ教であったりするわけです。 絶対的な存在を突き詰めた人たちが原理主義者です。神は 日本の神党見たいにいくつもいないんです。神は絶対的なものですがら1つなんです。でもなんの 裏づけも無いのに (何かに書いてあるから)だけで絶対的なものにするんです。現実 真実からは見いだせなくても人間はそれを作ることで 安心を得る (それが一番らくな方法です なにがあっても神のせいにできますし)。 どんな神でも信じたいものを信じればいいと言う人なら 本当はそれ程問題にならないのですが・・・ でも 「有」は1つと考えるんです。原理主義の人は それ以外は 敵で悪魔なんです。 悪魔を殺せと言う声に耳を傾けて理解しろって行っても もうそれが 全ての優先順位のトップにあるわけですから これは大変難しい事だと思います。
全てのものは 生滅です。世の中の全てのものは 光であろうが 音であろうが何であろうが・・・ 有ばかりに 目を向けないで 無に目を向けけられる事が大切なように思えてなりません。無いものは見ることはできませんが・・・・ でも実際にあるんですネ 無が・・・・
難しい話にまたも向いてしまいましたが・・・ 昭和で命を落とされている人たちから学ぶ上でも微力ではありますが こういった 話も必要かと感じるこの頃です。
ZERO も良いけどやっぱり私はスピットファイヤー
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