2015年8月8日土曜日

昭和の戦争映画

13:25
WAKAMEさんの投稿に関連して
昭和の戦争について書いてみたいと思います。

戦後70年
昭和のみならず、日本の歴史上
本当に大きなできごとだったのだと思います。

戦後100年、200年と時が過ぎたときに
昭和のこの大きな出来事が
どのように語り継がれているのでしょうか。

少し気になって
200年前の1815年を調べたところ
*江戸後期
*杉田玄白
*伊能忠敬
*ナポレオン
などのキーワードが出てきました。

なんとなく学校で習ったような?
という感じがしました。

戦後200年の2145年には
どのように伝わっているのでしょう。
つらいことを繰り返さないように
伝わってくれることを望むばかりです。

ところで
戦争映画はたくさんありますが
これをきっかけに何か見てみたいと思っています。

様々な国で制作され
それぞれの視点でつくられているのだと思いますが
日本の映画を日本人視点で
鑑賞したいと考えてます。

毎日暑い日が続いております。
みなさん元気に無理をせず
夏をお過ごしくださいませ。

Bukidai


2015年8月4日火曜日

昭和と戦争(アニメ映画編)

17:59
記: わかめわかめ


間もなくやってくる終戦記念日

終戦後 70年も経つ

戦争は知らないけれど、戦争を体験された方々と、今現在関われるという事に感謝。
「アムマックス直営店舗の鎌倉店」の、お客様の中でも、戦争を体験された方々が

多く、色々な話を聞かせて戴いている
本当にラッキーで、感謝しながらお話しを伺っている

戦争を風化させないために、私たちの小さな頃から既に戦争に関わる、様々なことで
後世に伝えられてきていた

小学生のころに、小さな公民館か映画館で見た戦争アニメ映画が強烈で忘れられない
・・って、言ったそばから タイトルを忘れてしまったけど

「猫は ナンチャラ・・」 なんだったっけな

飼い猫と仲良く遊んでいた小学生の女の子。
突然、空襲に会い 火の粉が降り注ぎ、小さな体はヤケドしてしまい熱かったから、流れて
いる川に飛び込んだら、その川は既に 熱湯でおまけに血の色で赤かった

小学生には衝撃的な画像に 見終わった後しばらく鼓動が止まらなかったのを よ~く
覚えている。(タイトルは忘れてしまったけど)

そのほかに

今でも必ずといって良いほど放映されている戦争アニメは、やっぱり 「火垂の墓」かな
作家の野坂昭如さんの実体験らしく、

Wikipediaを見ると、野坂さんは妹を自分の手で育てていかなくてはならなくなってしまったとき、
妹の事を疎ましく思ってしまったそう。泣きじゃくる妹を黙らせるために酷い扱いをしてしまい、
その結果として妹は亡くなってしまった。アニメでは妹への罪滅ぼしのため、妹思いの良い兄と
して描いている

何度見ても泣けるアニメ映画


後世に、戦争の怖さ・人を殺しあう悲惨さ・戦地からの帰りを待つ家族たちの気持ちのせつなさ
さまざまな形で今に残しているのに、また、同じ繰り返しをしようとしている今の流れ

【自分自身の名声の為】と、だけは思いたくないな

「平和を守り、戦争を無くしたい」  wakame desu





 

2015年7月31日金曜日

昭和の宇宙と現代の宇宙

20:12
今日は「ブルームーン」だそうです。綺麗な満月です!
その月を見て思い出したのが高校生の頃のひとつの想い出

その学校は最高の環境にあった。(人はその場所を田舎と呼ぶが私にとってはパラダイス。)
そのころ学校近くの友人の家に泊まった時は必ず夜中に道の真ん中に寝転がって星や月を見ていた。田舎と言う事もあって車はほとんど通る事がなかったのだが、迷惑な話しだ・・・。

その頃はあまり考えなかったがいつの日か「宇宙には何の為に行くのか?」憧れと疑問が入り混じるようになってきた。
現在の宇宙にはゴミが溢れているらしいが、いまだに宇宙に行く事は最高の事のように語られている事が気になっている。
地上でも良く耳にする エベレスト、海、日本では富士山など人間が行くところすべてゴミで困っているのに宇宙までも・・・。(情報が入ってこない様々なゴミで困っている所がどれだけあるのだろう?)

昭和の時代、アポロ計画で大騒ぎになっていた頃はそんな事は考えなかったろう、
でも現代の状況を見ているとやはりどの時代も後の時代にツケがまわっていく事は変わらないようだ。

この宇宙ゴミ(スペースデブリ)については各国で対策を立てているようだが解決する事は無いだろう。
宇宙を研究する事で人間が恩恵を受けている事は間違えないと思うが、それよりも宇宙が大変な事になるのはそんなに時間がかからないような気がする。
最高の研究者が集まって宇宙を破壊している?と そんな事言っているとまたへそ曲がりと言われるのでこの辺までにしておこう。

最高の研究者が宇宙ゴミの処理を解決してくれる日が来るのかな?地球上のゴミ問題も解決する事が出来ないのに。


                      本当に綺麗な満月です

waka

2015年7月28日火曜日

昭和が作った場所

9:28

狭苦しい空間に閉じ込められ 地味なズボンや上着の裾が目の前に広がり 自分達とは無縁の心地悪い香りが漂うなか 心ここに有らず。 足を上下させながらドアを空く瞬間を待つ・・・ エレベーターのドアの隙間がほんの少し開いただけで心はもう 外に飛び足していた。 雑踏と共に 眩しくて 暖かな日差しが額を照らし コンクリートの上に立った足で 広くて澄み切った空を見上げていた。 奇妙な毛が付いた 大きくてどっしりとした硬い乗り物 楽しげに青い空の中を回る不思議な椅子 何処に行くのかもわからないレールの上の電車・・・ そして笑顔溢れる人々・・・ まさに 昭和の楽園の様な場所でした。



 デパートの屋上たるものがそんな場所でした。今はどんな場所になっているのでしょうかネ・・・ これだけ コンピューターゲームは 電子機器が一般的になった時代 最初の1-2回は楽しみかもしれないけど そのうち お家の涼しいところで誰にも感傷されずPCゲームの方が断然楽しい時代になってしまったのでしょうか? 下手したら 私達 昭和の大人の方が現代の子供達より屋上に上がる ワクワク感があるのではないでしょうか 足をバタバタさせて・・・?

私どもの時代は 子供であれ 大人であれ その場所に身を置くだけで お金があろうと なかろうと 人がやっている事を興味深く見たりして 楽しめた様に思えます。下手したら隣の見ず知らずの
子供に話しかけながら・・・頷いて。決してお金を持っていない自分を被疑することなどなかった。日本人としての心が 薄れて 物質社会アメリカナイズされてしまった現代では その姿も大きく変化したに様に思えます。6人に1人が貧困の子供の中 そのような一見幸せそうな空間 見る人間によって 全く逆の修羅場に映るのでしょう。そんな現実社会の中でもそんな子供達の心を否定し 自分に都合がよい神話や迷信は否定しないで追い続ける。

恐らく 昭和の初期と言うのは屋上と言う場所がなく 高度成長時代に合わせるかの様にビルの上に出来上がった正に昭和が作った場所なのでしょう・・ 特に狭い国土の日本では 他の国とは比較にならない程の存在感をもった場所だった様に思います。狭い事務所の中から 息抜きに上がった屋上 学校で嫌な奴に 嫌な思いをされたときに上がった屋上・・・ 何かに戻るチャンスをくれた。

世の中の倫理(英語で言うEthics)は本当に強者に都合のよい様に変化します。自分達は 何万人と言う人間を戦争と言う手段で殺害しても 3人を自爆テロした悪とする。強者の快適さを追及するため 原子力利用を 良しとして 将来的に人類を破滅させる放射性廃棄物を平気で生み出す。

弱差には容赦なく現実を押し付け 個人の意思表示の道を閉ざす社会が現代なのです。勝ち続ける事こそが 唯一の幸せだと・・・ 


日本人が今後正しい舵取りをして行く事を心から望んでいます。それでも 最近 強者に踏み潰されながらでも そんな動きが 日本人の心が見えるような気がします。


2015年7月26日日曜日

昭和の夏の日

13:18
WAKAMEさんの投稿を読んで
自分も昭和時代の夏の思い出を思い出してきました。

天気予報を見て30℃以上の日は
今日も真夏だ!と昔は思っていましたが
今は35℃近い日が普通にありますねー。
子供を遊ばせるのも怖いくらいな暑さです。

夏の昼間に兄弟で昼寝をしていたら
猫が部屋に入ってきたことがありました。
母親がいうには
その猫は台所の魚をくわえて出て行ったらしいのですが
当時は玄関やドアを開けっ放しにしていたので
猫が入ってしまったようです。

外で遊ぶのは
水遊びが人気でした。
公園などの蛇口のとりあいで
水をかけあって遊んでいました。

夏といえば高校野球もよくみていました。
子供は夏休みで父親はまだ仕事で留守のとき
父親の部屋でテレビ観戦していたのを
よく覚えています。
子供のイスとはちがう
大人のソファーにドッシリと座って
贅沢な気分を楽しんでいました。
あのころは高校球児がすごく大人に見えました。

株式会社アムマックスのある神奈川県は
7/28(火)に高校野球決勝戦があるようです。
神奈川県代表を応援したいと思います。

Daisuke


2015年7月22日水曜日

昭和の夏

14:03
記:わかめ


冷凍みかん・・懐かし過ぎですね。
 画像を見てたら、耳の下がジワッと痛くなったのは私だけ?・・ 笑
 3個続けて食べたらお腹壊したことを思い出しました ・・・ ^-^
 まだ有るんでしょうかね~



********************************



連日連夜、猛暑・熱帯夜が続いていますが皆様がんばって乗り切っておられますか

「暑いなぁ~」 と言うと 余計に暑くなるので 「今日は冷えるねぇ」て言うといいよ、
な~んて、何の根拠もない事をぼやいていた あの頃・・・昭和
はて?!昭和もこんなに暑かったんだっけ?

てな、わけで、小学校時代や若かりし頃を思い出してみた

今のように日常的に、TVで天気予報を細かくチェックなんてしない小学校時代は
まさに 「体感」のみ

30度超えってあったのかな・・あったんでしょうね・・やっぱり夏だから

小学校時代を過ごしていた 東京都大田区はかなり静かな住宅街が多く、緑も多かったので
真夏の夜は窓を全開にして寝てた記憶が有る。今思うと絶対に考えられないけど。。。

もっと、考えられない事 というか 想像すら出来ない事がある。それは、
全開をした窓のすぐそこにある 縁側に比較的大きめな扇風機を置いて、両親の部屋と

私たち姉妹の部屋の2部屋を同時に風が当たる様に回していた。 それも一晩中 笑
窓には網戸なんてものは無いから、あの時 蚊の対策はどうしてたんだろう


そう、エアコンなんてものは皆無
銀行やデパートなどだけに有るもので、普通宅には無いもの

学校も、体育の授業が終わった直後の授業は地獄のような暑さで
下敷きをウチワ変わりにして仰いでたら よ~く先生に怒られてた  笑



浴槽に水をはってプールにして体を冷やしたり、カルピスを製氷機で凍らしてアイスにしたり
スイカやトマトを思い切り食べてたら 「知らない間に秋」 が来てたような気がしたんだけど

35度や40度近い日が続くと、「知らない間に秋!」なんて言葉は絶対に無いな


とにもかくにも、夏本番はこれから
(って、言った途端にウダりそう・・笑)

栄養・休息・睡眠・水分をとって 夏を愉しみましょっ ^-^




by: WAKAME



2015年7月17日金曜日

昭和の駅弁

20:08
わかめさん、近所も変化が激しいですが、都内の変化にはついていけませんね・・・。
bukidaiさん、わたしも色々なCMを思い出して今度書いてみたいと思います。
ロンパージュームさんの写真に出ていた飲み物、最近では半分も飲めなくなってしまいました。

************************************

最近 お客さんとの会話で山登りの話しをしていて思いだしたのが「駅弁」だったのでちょっと書いてみました。
昔、山に行く時 新宿から夜行の あずさ で長野に向かい、電車に揺られて食べた事や、釣りに電車で出かけた時に食べた想い出など、オカズだけではなく色々な想い出が駅弁には詰っています。

ここ10年くらいでしょうか、デパートで全国駅弁フェアのような催しを行うと
もの凄いお客さんが集まるのは・・・。
私自身も駅弁は楽しみが多いので好きなのですが、やはり駅弁は出かけた先で食べるのが一番良いと思います。

昔は駅弁、お茶、冷凍みかん の3種類を窓際の小さなテーブルに乗せて、どのあたり食べるかを考えながら電車に揺られていたのを思い出しますね。
数多く食べた事はありませんが、いままでに旅先で出会った駅弁ひとつで、購入時の経緯やその時の情景などを想い出す事ができる事を考えると長い時間楽しませてもらっているのだとあらためて感じます。

最近は電車も性能が上がってしまって時間をかけてゆっくりとした旅を楽しむ事も段々と難しくなって来たのはちょっと寂しい限りです。



waka

2015年7月15日水曜日

昭和とは

9:58
現在 平成27年ですから 28歳と言う年齢の方以上は昭和生まれと言う事ですね。なんと新しいとと思っていた平成 既にもう古い平成に変わって来ている訳ですね・・・ 昭和生まれの若者は存在しない時代に突入しているんです・・・

今回はチョット 哲学的 見解から昭和を見たいと思っています。
先ず 昭和は既に過去の時の期間を表した過ぎ去った時間であって現在は存在しない訳です。ですので 私達の現在話題にしている昭和と言うのは 私達の概念 そのものであって 実態が有る
訳でも無い しかし昭和を経験した私達はそれを 【有った】と言っているわけです。

しかし 昭和が始まった当初の 大正生まれの方々は 大正と言う時代を実感した訳で 私達が現在 考える大正と言う時代の概念からは大幅にずれているのではないでしょうか。何を述べたいかと言うと 昭和と言う時代は ズバリこれと言う 【私達の概念】から外れて 既に と言うか実際は毎日変化し続けていると言う事です。実際はこれと言う昭和はもう存在しないと言う事です。まあ過去と言うのは実際にはそんなものなのでしょう。

例えば坂本龍馬を1人をとっても NHKの大河ドラマ 民間放送のドラマ 映画の中の存在 そしてインターネットと 全くかけ離れた男優と共に表現されているいます。1人の人間を自由気ままに表現しているのです。本来は 実際に接したことの無い人間以外には坂本龍馬を忠実に知ることは出来ない訳です。

昭和と言う時代も 実際にはそう言うもので 昭和を過ごした私達 1人1人の概念でしかなく それも日々形を変えていると言う事です。100年後では 戦争で敗戦して その後アメリカの文化が入ってきた時代 程度の概念で受け止められるのではないでしょうか・・・ 私達が経験した昭和の香りなど1つも残さずに・・・・ ピンクレディーでさえ恐ろしく古ぼけた エイリアン的存在で描写されるのでしょう・・・

年号がある国は他あるのでしょうかネ・・・ 1人の天皇を基準とした時代 恐らく日本ならではの文化なのでしょうか?? まあ 70S 80Sなどと10年刻みでは成り立つにせよ・・・ 

日々変わって行く 昭和の概念であるとしても 【2度と戦争はしない】と言う 私達日本人が気づいた平和の定義だけは将来続いて欲しいと思うこの頃です。


カレーハンバーグの宣伝は消えても この飲み物の宣伝は皆さん 個々の思い出深い印象があるのではないでしょうか? そしてこの飲み物はあとどのくらいこの世の中で飲み続けて行かれるのでしょう?



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